よく壁にぶつかって「どうしたらいいんだろう?」と悩むことがあるけど、別々の場面で出会った問題でも元をたどると同じテーマに行き着くことがあります。
そのよくある「同じテーマ」が、
「やらないといけないこととやらなくていいことの境目はどこにあるのか?」
ということ。
よくあるだけじゃなくて、今まで一度もちゃんとした答えを出せたことがないです。
けっこう大事なところで何回も出てくるので、答えを出すところまではいかなくても、何がどうわからないのかの整理だけでもしておきたいと思っていました。
書きながら考えます。
・・・
たとえば自分が時間にルーズだとします。
それは直さないといけないことなのか?
たとえば引っ込み思案の人がいるとします。
その人を社交的にすることはいいことなのか?
「人間にはあるべき1つの姿があって、全員がそこへ向かうべきだ」という考え方は生物学の立場からしてもまちがっていると思うし、反対に「人間は多様であることがいいので、あるがままで何の努力もしなくたっていい」というのも、どこかで破綻しそうです。
ケースバイケースとはいえ、この間のどこかに正しい境界線があるわけです。
まず、時間がルーズな人の例で考えます。
もし自分がひとり山奥で隠遁生活をしているようなら、時間にルーズであってもなくても影響はなさそうです。
この場合、時間のルーズさをなおすことは「やらなくていいこと」になります。
もし自分が外科手術もする臨床医だったとすると、時間のルーズさが命取りになることもありそうです。
この場合、時間のルーズさをなおすことは「やらなければいけないこと」になります。
その人に目的や責任がある場合は、そのじゃまになるかそうでないかで境界線が引けそうです。
これでいくと、目的も責任もない場合は「やらなければいけないこと」がなくなってしまいます。
だから目的を見失っている若い人に対しては、「やらなければいけないこと」を振りかざして叱ったり行動を縛ったりはできへんのかな。
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